喪われた 陽だまり
☆
スペースシャトルにも宇宙スティーションにもなる大型宇宙船。観測及び研究設備はもとより、整備・工作機械も充実している。ゲッターロボの補給・修理も可能だ。武器こそ搭載されていないものの、移動基地として最高といえるだろう。
「で、食堂はどこだ?」
「ゲームコーナーは?」
「映画とかの試写室もあるのかな。」
「当然、美容室はあるわよね。エステルームも欲しいわ。」
テーブルに大きく広げられた図面を前に、弁慶、リョウ、元気、ミチルがめいめい勝手に質問する。呆れたような隼人の隣で、橘博士はにこにこと笑っている。
「・・・・・・・いいかげんにしろ。保養施設じゃないんだぞ。」
いつまでたっても終わらないおしゃべりに、隼人はうんざりする。
「でも隼人、これは基地でもあるわけだろ?」
「だったら生活空間じゃないか。住み心地だって大事だぜ。」
大真面目でリョウと弁慶が抗議する。
「確かに宇宙における生活空間ではあるが、調査が主目的なんだからな。豪華客船で宇宙一周なんて考えるなよ。予算は限られている。機器に金をかけるに決まっているだろが。生活環境なんかは必要最低限だ。」
「ええー、そんなぁ!」
「でも、一度宇宙に出たら、おいそれとは帰ってこれねぇんだろ。調査する惑星自体遠いんだし。ワープ航法とやらもないっていうし、行くだけでも時間がかかって退屈すると思うぜ。」
「そうそう、宇宙の景色なんてそうコロコロ変わんないだろうしな。娯楽も大切だぜ。」
「フッ。心配するな。退屈する時間などないくらい、こき使ってやるさ。」
整った顔立ちが言うと、より冷ややかに聞こえるものだ。リョウも弁慶も、さぁっーと血の気が引く。確かアラスカ基地で隼人の指揮下に入っていた知り合いが、20キロも痩せて戻ってきたと、ついこの間聞いたばかりだ。タフさが自慢の奴だったが。
「いや、だが神くんの手回しのおかげで、各国の企業からの寄付金や政府からの援助が思っていた以上に集まった。これなら長期滞在の施設としても、住み心地のよいものが出来そうだ。」
蒼ざめた2人を見ながら、橘博士は穏やかな笑顔で答えた。
宇宙での観測・実験は未知数だ。慣れぬ宇宙空間、一瞬の油断が死を招く。張りつめた神経とは逆に、作業自体は単調で延々と続く。望んで従事している者達ばかりとはいえ、ストレスは溜まっていくだろう。息抜きとなる娯楽や、非番時には心地よい休息が必要だ。それが解っていても、まず優先されるのは生命維持と研究のための設備だ。居住区や娯楽施設は後回しになる。研究者にとって、一番頭の痛い「資金問題」。
だが、それも隼人の手腕のおかげで、潤沢な資金が約束されていた。宇宙船の責任者である橘博士の機嫌もいいというものだ。
「でも、これが完成するまで、まだ2、3年はかかるんだろ?」
「え------、そんなにかぁ?!」
「あたりまえだろ。なんといっても、空飛ぶ研究所だもんな。」
「つまんねえな。早く宇宙に行きたいのによ。」
「だけど、その前に月に行くんだ。いいじゃないか。」
「月の重力は地球の6分の1なんでしょ。地球の6倍のジャンプが出来るのかな。おもしろそう。」
「元気、あんたは行けないわよ。こっちで学校があるんだから。」
「ええーっ?やだよ、おねえちゃん。ぼくもリョウさん達と月に行く!!」
「だぁめ!少なくとも、高校は出なくちゃ。」
「そんなぁ!リョウさんも弁慶さんも、高校なんて途中で辞めちゃってるじゃない。だったら僕も、初めから行かなくたって。」
「辞めた、というより、戦いばかりで出席日数が足りなくて、留年になるっていうから中退したのよ。あんたが高校に行かなくてもいい理由にはならないわよ。」
足りなかったのは、出席日数だけかどうかは微妙なところだが。リョウも弁慶もちょっと気まずそうに顔を見合わせる。もうひとり、同じく高校を卒業していない人物は、留学して飛び級して、すでに博士号も持っている。いつのまにかどこぞの部署から呼び出しがきたらしく、知らないうちに姿を消している。よくあることなので、誰も気にしていない。
リビングでは、明るい笑い声が響いていた。
研究所は、隼人が所長代理としてそれぞれの部署に責任者を擁し、各々が力を尽くして研究やそのほかの仕事に取り組んでいる。早乙女は新しいゲッターロボの開発に没頭し、地下研究室から出てくることはほとんどない。世界情勢にも興味がないようだ。
リョウと弁慶もゲッターパイロットの育成やいろいろな調査を頼まれたりと忙しい。
世界は平和で。
地球は平和で。
宇宙は平和で。
そして 未来も
輝いて 見えた。
☆ ☆
早乙女は見詰めていた。
眼前の新しいロボット、
『 真 ゲッターロボ 』
十数年前、星の流れる夜。
地球に降り注ぐ幾多もの宇宙線の中から、不確定で不安定で、そして恐ろしいほどのエネルギーを持つ宇宙線を取り出すことができたのは、今でも万にひとつの僥倖だと思っている。
さまざまなデータから、とてつもなく強いエネルギーを発する宇宙線が存在することは予測できたが、それを捕らえるのに何十年が過ぎただろう。時折、気まぐれのように掠めていく「かけら」ですら、信じられないほど強力だった。大学の研究生だった頃から、恋焦がれるように求め続けたエネルギー。一生掛けても、掴み取るのは不可能だと思っていた「ソレ」が。
自分の手の中に、「形」となって飛び込んできたそのときでさえ、にわかには信じられなかった。
自分がこのエネルギーの代弁者となることを。
そう。不思議なことに早乙女は、自分がこのエネルギーの発見者だと思えたことはない。「ゲッター線」と命名したのは早乙女自身だし、確かにこのエネルギーの第一人者であるという自負はあるが。
このエネルギーの底知れぬ凄まじさを知れば知るほど、見出せたのも取り出せたのも扱えたのも、それはすべて、ゲッター自身の「意志」ではなかったのかという思いが強くなった。人類同士の戦いにおいて、ゲッターロボほどの戦闘力を持つ武器は必要ない。だが、敵の姿もわからぬ以前から、早乙女や他にも数人の科学者が、恐竜帝国の存在に気づいていた。常識で考えれば、あるはずのない「敵」だった。何故それを知っていたのか。何故、何の疑いをも持たずに信じることができたのか。
そのときは何の不審も感じなかった。
まさしくゲッター線を手に入れたとき、定められていた戦いが開始されたかのようだ。
恐竜帝国は眠りにつき、百鬼帝国は宇宙の果てへと去った。ゲッターロボは戦いよりも平和利用のために使われだした。ゲッターを動かす強力なパイロットたちも、その力を宇宙へと向かわせていく。それはもともと自分が望んだことだった、科学者として。
だが。
自分は何故今も、新しいゲッターロボの開発にとり憑かれているのか。自分が昼夜、寸暇を惜しんで取り組んでいるのは、ゲッターロボ自身が宇宙よりエネルギーを取り込めるための開発。
ふと、その必要があるのかと、ハッとした。
早乙女は自分の能力が、以前と打って変わって驚くほど向上していることに気づいた。計算のみでなく、発想そのものも。いつのまにか、当たり前のように理解・考察できていたから気づかなかったが。
いつも、頭脳が冴えわたっている気がする。幾日も徹夜を続けても、体がだるいこともない。ろくに食事を取っていないような気もする。ゲッター線研究を始めだした頃よりも、体力・気力が充実している。もう、58歳だというのに。
この新しいロボット、自ら宇宙に存在するゲッター線をエネルギーとして取り込むことのできる究極のロボット、『真・ゲッターロボ』の完成を目指しながらもなお、早乙女は次なるロボットの構想、いや、存在に気づいていた。
おそらくは、自分の手で創られることはないであろう、
「 それ 」
誰か、自分の跡を継ぐであろう者の手によってこの世に姿を現すであろう。
そのとき地球は、人類は、
「 何 」を 敵としているのだろう。
早乙女はゆるく頭を振った。いつのまにか繰り返していた疑問。
いくら能力が向上したとはいえ、この疑問だけは解せない。答えなどないのかもしれない。「生命」が存在することへの素朴な疑問と同次元なのかもしれない。
滅んでいったふたつの敵について考える。
恐竜帝国を倒したのは、厳密にいえば人類ではない。あれはゲッター線がハチュウ人類を排除したのだ。はるか、遠い日に。
同じ宇宙線によって、「進化した種」と「滅亡した種」。
人類は選ばれたのだろうか。それともいつか、ハチュウ人類のように非情に切り捨てられるのか。
何が存続の「鍵」となるのか。
そして百鬼一族。
あれは・・・・・・・悪意だ。憎悪だ。
恐竜帝国は人間を奴隷か食物のひとつとしてしか見なかったが、それでも、他に彼らが生活できる場所、たとえば中生代と同じ環境の星が近くにあって、そこに種族全員が移住できるとしたら、何も人類を滅ぼし地球を手に入れようと躍起になることはなかっただろう。彼らは自分達の生存の場を求めていたのであって、人類の消滅を求めていたわけではない。
だが、百鬼帝国、帝王ブライは、人間を奴隷とし、自分が世界を我が物とすることを望んだ。それは一見すると人類の存在を認めているようではあるが、「ツノ」を植えつけて人間を支配するということは、人類独自の進化を閉ざすのと同じだ。
百鬼兵士は、「ツノ」を植えつけられた『人間』だった。だとしたら、ブライ大帝に「ツノ」を植え付けた何者かがいたのか?それとも、地球にもともと「ツノ」のある種族がいたのだろうか。ハチュウ人がいたのだから、ツノのある種族がいたとしても不思議はない。「ツノ」のある種族、『鬼』の伝承は各国もある。だが、人類の発生からずっとを様子を窺っていた恐竜帝国は、百鬼帝国の存在を知らなかった。だとすれば、「ツノ」の種族は人類よりもあとに発生したのだろうか。だが、人類に比べ数がおそろしく少ない。肉体の差はほとんどないのだから、同じくらい満ちても不思議はないだろうに。やはり何者かが「人間」を「鬼」に改造したと考える方が自然だ。問題は、「何のために?」ということだ。
強大な力を手に入れれば入れるほど、疑問ばかりが増えていく。
そして、その答えを、自分は知っている気がする。
早乙女はもう一度、ゆっくりと真ゲッターを見上げた。
そのとき。
ゲッターの眼が 開かれていた。
そいつは ・・・・・・・
宇宙の果てから
やってきた
☆ ☆ ☆
コンソールパネルを操作しながら、隼人は先程のリョウとの会話を思い出していた。
研究所を出る という。
宇宙船の設計図を前に、リョウ、弁慶、隼人、ミチルと元気、皆が宇宙の夢を語ったのは、ほんの数ヶ月前のことだ。
今、弁慶はいない。
研究所の地下2000メートルの地点、メルトダウンしたゲッタードラゴンと共にいる。
すでに生きてはいないと知っている。
戦いなのだから、誰かが死ぬことは不思議でもなんでもない。今までも数え切れない人々が犠牲になった。戦士として、あるいは巻き添えとなって。生き残った者はそれらを乗り越え更なる戦いに身を投じてきた。
だが、リョウはゲッターを降りると言う。
誰よりも戦士として生きていたリョウが。
リョウは、何かを見たのかもしれない。俺の知らない「何か」を。
真・ゲッターの最終テストのあと、リョウは少しおかしかった。
あのとき、途中でゲッターの制御が利かなくなり、リョウは一瞬、心臓が止まった。すぐに電気ショックを与え、心臓は動き出したし、ゲッターの制御も元に戻った。研究所に戻ってからの検査で、リョウもゲッターも異常は認められなかった。だがリョウは、どこか茫洋とした顔をしていた。夢を見ているような。いや、ひょっとして、夢だと信じたい「何か」を見たのかもしれない。
弁慶を失ったことが重荷になっているとは思わない。武蔵を亡くしたとき、リョウは武蔵の願いを受け継ぐことに躊躇いはなかった。だが、今回は。
「俺たちは、早乙女博士の言葉だけを信じて戦ってきた。だが気がついてみると、ゲッター線についてなんにもわかっちゃいねぇ。」
リョウはゲッター線に対して不信、不安を持っているのだろう。その点では俺も同じだ。俺が今造っているゲッターロボは、ゲッター線を使ってはいない。
以前、百鬼帝国との戦いの最中、早乙女博士はゲッターの戦闘能力の開発に全力を注ぎながらも、こんな研究は早く終わらせたいといった。何も戦いのための手段として、ゲッターを発見したのではないと。だが、百鬼が滅んだあと、博士は何かにとり憑かれたかのようにゲッターロボの研究に精力を傾けている。異常とまでいえるほどのめり込んでいた。なにかに追われるように。
今、ゲッタードラゴンは地中の奥深くで、まるで有機体のように自分で繭を作り、変化を繰り返している。
リョウは、このまま人類がゲッター線を使い続けることを恐れている。
目の前の試作ゲッターを見つめる。
プラズマボムスを使ったロボット。
俺は、武蔵や弁慶が守りたかったのは、ゲッター線ではなく人類の未来、命だと思っている。ゲッター線でなければ守れないのならともかく、他の手段が、エネルギーがあれば、それを使ってもいいんじゃないかと思う。ゲッター線開発のノウハウを使ったおかげで、プラズマボムスの開発も随分進んだ。
だが、俺とリョウの違いは、リョウは、信じられないというそれだけでゲッターを切り捨てることが出来る。俺は信じられないとしても、必要ならば使う。俺にとっては「 神の力 」も「 悪魔の力 」も単に「 必要な力 」でしかない。
リョウは何を見たのか。もし同じものを俺が見ていたら、やはり俺も研究所を出ると言うだろうか。
見なかったこと自体が、俺とリョウの違いなのだろうか。
今、リョウは、博士の所に行っている。
「神さん!!」
切羽詰まった声が響いた。
研究所内のあらゆる機械、計器が狂ったように振り出した。
「ゲッター線エネルギーが制御できません!!!」
研究所が激しく揺れた。
宇宙で、
「 時 」の次元が
裂かれた。
☆
2 X X X 年 11 月 15 日
喪われた 陽だまり
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11月17日、朝、新聞で。
石川先生の訃報を知りました。「まさか?」と思ったのですが。
しばらく呆然としていました。
掲載紙さえあれば、「アーク」は再開されると思って信じていたのですけど。
・・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・
石川先生に心からの感謝と哀悼の意を表します。
「多元宇宙」はもうしばらく続きます。(多分・・・・)
暴走しだしたら、そちらの次元から、「エンペラー」を寄越して下さいませ、先生。
メゲてる<かるら>にメール下さいませ。
(2006.11.30)